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Topics生地屋の本音

長年、服地販売の世界に身を於いてきた立場としてよくご質問を受けることに付いてご説明をいくつか記載させて頂きます。多くの経験と正しい情報に基づいて個人の見解も交えましたが、何か間違いがありましたら是非ご指摘下さい。

季節感なきファッション

最近街で目にするファッションにかなりの違和感があります。

季節感は勿論、その日の外気温にあまりにも合わない格好を随分と見かけるのです。

冬場でも結構暖かい日も増えた近年、特に初冬の時期の晴れていて気温が高めの日にダウンジャケットやコートにマフラー、毛糸の帽子やら不釣合いな格好の方が多いと思うのです。

朝方、通勤時には確かに寒かったかもしれませんが、昼間出掛ける際に外せて持ち歩ける不要な物をわざわざ身に付けているのです。

地下鉄車内は乗務員が車内温度を気にして送風や冷房まで入れるくらいです。

衣替えが済み着用出来る物が冬物だけだとしても、脱いだり外せたりするファッションとしてもさして成り立たないアイテムを何故わざわざ身に付けている必要があるのか不思議です。

この傾向、温度変化に鈍感になってしまう年配者ではなく若い方に多いのです。

単に無精者が増えた様には思えないだけに着用している方に問いかけたくなるほどなのですが。

服の大前提は肌を外気や怪我から守るのが第一義的な役割です。

それを無視した着用の仕方に生地屋としてはかなりの違和感を覚えます。

服地も厚さ、重さ、織り方などを変えて四季に合った物を揃えていますので、合い物の様に長い時期着用出来る素材でもそぐわない季節や日があります。

スーツの場合、簡単に日中に着替えることは出来ませんので、その日の天気予報を確認して見合う物を選んで着て頂きたいと思います。

ファッションに興味が薄くスーツはサラリーマンのユニフォームと思う方は別ですが、イージーでもオーダーでスーツを作る方なら最低3シーズン用のスーツは揃えていて欲しいと生地屋としては思うのです。

世界一服地ブランドが多い日本

意外と知られていないことなのですが、日本は世界一オーダー用の服地ブランドの取り扱いが多い国です。

ビスポークスーツのメッカ、ロンドン、セビルローのテーラーでもミラノやナポリのサルトでも扱っている服地ブランドは多くても5つくらいで、老舗の名店となると3つくらいに絞り込んでいます。

しかし日本のテーラーでは10~20の服地ブランドを揃えているところが多い様です。

これはファッション性を謳うイージーオーダーのお店に顕著に見られる傾向で、我々服地提供側の供給過剰も一因です。

お客様にとっては予算や好みで服地の選択肢が増えるメリットがあるので一見プラスなことの様ですが、その裏にはデメリットも潜んでいます。

我々のご提供するホーランド&シェリーは各シーズンに少なくても30品質をご用意しています。

これは断然に多い方ではありますが、マーチャント・ブランドは最低でも10品質は揃えていますので各品質に平均で30の色柄があるとすると10の服地ブランドを扱うお店はシーズンで100品質、3000の色柄を揃えていることになります。

色柄は別にしてもこれだけ多くの品質を販売される方が正確に把握することはかなり難しいかと思いますので、折角揃えていてもお客様のニーズに応じてその素材を的確に提案することは至難の技です。

お客様にとってのデメリットはここにあるのです。

自分の本当に欲しい素材が提案されずに棚に仕舞われたまま、販売される方の記憶にあるものの中、若しくは売りたいものの中から選択せねばならないことも起こり得るのです。

勿論、取り扱いの素材をくまなく把握して的確な提案をして下さるテーラーさんもいるとは思いますが、これは大概少ない人数で対応する個人店かプロ意識の高い販売員に限られると思います。

折角世界一服地ブランドを揃えられる環境なのにそのメリットがきちんとお客様へ活かされていないのはかなり勿体ないことです。

オーダースーツとは??

今年、低価格を売りにしている大手既製服チェーンさんが次々とイージーオーダーを始めました。

経済紙やネットニュースでも取り上げられていましたのでご存知の方も多いと思います。

個人的にはどこにニーズがあるのかと不思議ですが、苦戦している既製服販売の活路をこの10年伸びをみせているオーダー市場に参戦してとの遅ればせながらの狙いでしょうか。

しかし低価格を謳ったイージーオーダーはかなり前から市場に溢れていますし、百貨店さんでもとんでもなく安価なイージーオーダー2着セールを頻繁に行っていますので、価格やファッション性、ブランド力、品質のメリットがない結果はかなり厳しいものになると思います。

そのニュースで気になったのが相変わらず「オーダースーツ」という言葉が曖昧に使われていることです。

前に「仕立ての種類」の項で述べましたが、「オーダー」には様々な種類があります。

既製服ではなく注文を受けてから作るもの全てを「オーダー」と定義出来るほどシンプルではありません。

それをひと括りに「オーダー」と紹介されると様々な誤解を生むリスクがあります。

ファッションに興味が高く既にオーダーを経験している消費者はその多様なレベルの違いが解ると思いますが、これから既製服からオーダーへとステップアップしようとする消費者やその財布の紐を握る奥様や意見を言う周りの女性達には未知の領域です。

低価格のものからオーダーへステップアップした際に、そのレベルの低さをファストファッションの様に低価格だから仕方がないと思って頂ければ幸いですが、オーダーなのにと落胆されてしまうのが心配なのです。

発信する側も伝える側もオーダースーツのレベルに応じて言葉を使い分けるか、その内容の違いをもう少し正しく伝えて頂けないものかと思います。

安物売りの苦肉の策で本当に質の高いオーダースーツの領域に誤解が生じてしまうのは迷惑な話です。

ファッション情報の過作為

つい最近、大手が手掛けるネット情報に様々な問題、平たく言ってしまえば嘘が発覚して閉鎖に追い込まれました。

今も同様の問題が他大手にも波及しています。

このネット情報の過作為とも取れる行為は前々から様々な識者が問題を指摘していましたが、誰もがスマホを手にして四六時中安易にネット情報を見ている状況下では情報の信憑性を検索する能力が劣化していた為か問題の発覚に時間がかかりました。

現代は情報強者と自負する方ほど情報精査弱者のケースが多いからかと思います。

ファッションの世界でもこの情報の過作為が横行しています。

特に近年のファッション誌のタイアップばかりの記事の羅列にはほとほと呆れます。

独自の取材を基に世界中の流行を探り新しいものを正しく紹介する本分は皆無に近くなっています。

紙媒体が生き残る為に仕方がないとはいえ、これではお金の為に嘘を垂れ流した大手ネット情報と何も変わりません。

もう多くの本当の情報強者は知っているのです。

「売り上げNo1」はどの状況下でどんな分母からの話しなのか、「これが今流行り」は誰が流行りにしたくて言っているのか。

豆粒の様な見難い文字に米印を付けて誤魔化しても保身の為の保険にしかなっていません。

消費者を情報操作出来ると思っているのは自信過剰な発信者だけになりつつあります。

海島綿(シーアイランドコットン)と世界三大綿

春夏の素材で主力になるコットンですが中でもカリブ海の島々で栽培される海島綿、シーアイランドコットンは最高級とされています。

綿種の特性と気候風土の恩恵で一般的な綿より毛足が1.5倍程長く柔らかく細い為、織り上がる生地はシルクの様な滑らかさと光沢があり、栽培量も少ないという付加価値も手伝ってのことからなのですが、一般的にあまり知られていないことがあります。

高品質と生産量の多さから世界三大綿と呼ばれる綿花はアメリカ南西部で栽培されるスーピマ綿(ピマ・コットン)、エジプトで栽培されるギザ綿(エジプト綿)と中国西北部で栽培される新疆綿ですが、実はその綿種は全て海島綿と同じなのです。

16世紀にコロンブスがカリブの島々で発見した海島綿は英国王室に献上された後、その品質の素晴らしさから英国の植民地を中心に世界各地で栽培される様になり、現在の世界三大綿へと至りました。

栽培地の気象条件と土壌の差でそれぞれ若干の違いはありますが、綿種が同じなので長所である繊維の長さや柔らかさ、光沢は三大綿と海島綿で大きな差はありません。

乱暴な言い方を許して貰えるなら一般的に有名な海島綿とはお正月の初競りで毎年話題になる大間のマグロと一緒です。

津軽海峡の冬の荒波で揉まれた黒マグロは誰もが認めるマグロの最高峰ですが、同じ海域で獲れた黒マグロが海峡の反対側、函館で水揚げされると大間のマグロとは言いません。

大間のマグロとはあくまで青森県大間漁港に水揚げされた黒マグロだけが名乗れるブランドだからです。

勿論、厳密にはその漁場や漁法に差はあるのでしょうし、付加価値を高める為のブランドの確立を全く否定する気はありませんが、消費者にとって大切なことは大間かどうかではなくそのマグロ自体の美味しさだけではないでしょうか?

海島綿、ピマ・コットン、エジプト綿、新疆綿はその栽培地の特性故、長所を活かした紡績が出来る糸の太さに違いがある為、薄いシャツ地に向くものとしっかりとした服地に向くものに分かれますが、原種は学術的に全く同じでその綿糸としての長所も同じなのです。

売る側の都合で祭り上げられたブランド力に頼るより自身の物の良し悪しを計る基準で選択して頂くことが大切だと思います。

麻素材の誤解とアイリッシュリネン

コットンと双璧を成す夏の定番素材といえばリネン(麻)ですが、歴史的な文化の違いから日本では消費者に大きな誤解を生んでいる面があります。

そもそも服地に使う麻は西洋ではフラックスという亜麻を、東洋ではヘンプという大麻を用います。

その他にジュート(黄麻)やラミー(苧麻)などがありますが、繊維が太く質も粗いので麻袋とかの工業用で服地にはほとんど使いません。

西洋で使うフラックスは栽培地が限定されている上、紡績工程が複雑なので本来は安価な素材ではないのです。

しかし日本では割とどんな土地でも栽培出来る雑草に近いヘンプを原料に麻素材を作っていましたから、麻は安価な素材との認識になっているのです。

この認識が更なる誤解を生みました。

麻素材は安価でなければと本来は服地に向かない安価な粗いラミーをフラックスに混ぜた糸の服地を作った為、麻は紙を折った様な嫌な皺になるとの誤解も生まれました。

本来、フラックスだけの100%リネンは嫌な皺にはなりません。

アイリッシュリネンに代表されるやわらかな味のある皺になるのです。

だからこそ高品質な麻服地と言えばアイリッシュリネンとなるのですが、そもそもアイルランドでは麻の織物は織られていませんでした。

リネンの起源は紀元前のエジプトで後にヨーロッパ中に広まりますがその生産を多く行っていたのは現在のベルギー北部の辺りでした。

宗教革命の頃にそのエリアから多くの旧教徒のリネン技術者がアイルランドに移民したのがアイリッシュリネンの始まりで、その後アメリカ南北戦争時に戦乱でコットンの生産が出来なくなったアメリカが代替品としてアイルランドからリネンを大量に輸入したことが高品質のアイリッシュリネンが世に知られるきっかけになりました。

つまりアイリッシュリネンの様な高品質の麻素材の本当の発祥地はベルギーなのです。

現在でもフラックスの紡績はそのほとんどがベルギーで行われているのもその証です。

新素材

この仕事を長く続けていますが、毎シーズン同じ質問をお客様から受けます。

何か「目新しい素材」はないのかと。

現在、紳士、婦人用共、服地に使える天然素材は出尽くしています。

例えばエスコリアルウールとか、素材の品質差で目新しいものはたまに世に出ますが、素材自体で言えばほぼ出尽くしているのです。

アマゾンの未開の秘境やアフリカの奥地で服地に向く新種の動物や植物が見付からない限り天然素材の全く新しいものはもうないのです。

そこで世界中の服地メーカー各社が何年も前から注目しているのが化学繊維です。

化学の分野ですから新しいものは技術の進歩と市場の需要でこれからいくらでも生まれてくるからです。

絹の代わりに大量生産可能で安価なナイロンやポリエステルを生み出した様な経緯とは全く違う発想で、様々な新しい機能を持たせた新繊維が次々と開発されています。

その化学繊維を使った新素材であれば「目新しい素材」としてご提供出来るのですが、残念ながらここにも固定観念の邪魔が入ります。

多くの人々がまだ化学繊維は安いものだと決め付けているのです。

特に日本では化学繊維の品質表記がまだ細分化されていない為、全く新しい繊維でもその原料や製造工程を基に既存の安価なポリエステルとかに分類されてしまうのでより誤解を生んでしまいます。

確かに化学繊維の始まりは大量生産が出来ない高価な天然素材に代わる安価な繊維への需要でした。

しかし今では前述した通り、その開発の目的が違います。

数年前に竹(バンブー)を原料として使った服地を新素材としてコレクションに加えたことがありました。

竹の持つ抗菌力を服地に活かそうとしたのです。

しかし竹自体は天然素材ですが、様々な薬品を使い液状に溶かしてから糸にするので化学繊維に分類されました。

この繊維は開発に時間もコストもかかった為、糸の値段は割りと高価なものでしたので織り上がった服地も多少高価になってしまいました。

シルクの様な滑らかさと光沢感を持った素晴らしい服地でしたが、市場に受け入れられることはなく、1シーズンでコレクションから外されました。

受け入れられなかった理由はお解りだと思います。

ヴィクーナの様な希少価値の高い天然素材は恐ろしく高価でも認められるのですが、化学繊維で高いものはたとえ品質が素晴らしくても認められなかったからです。

これから「目新しい素材」を求めるのであれば、この化学繊維は安いものとの認識を売る側も買う側も変えて頂かないと難しいかと思います。

夏ジャケット

クールビズの浸透で数年前から夏ジャケットの需要はかなり減っています。

無地のネイビーやライトグレーのものは多少需要があっても柄物となるとビジネスシーンでは使い難くコーディネートの煩わしさもあるので敬遠されがちです。

確かに高温多湿の日本の夏に長袖の上着を着ることは実用的ではありません。

しかしスーツのパンツに半袖のワイシャツを着ただけの格好で本当によいのでしょうか?

前から指摘している様に日本の都市は世界一と言える程屋内環境が整っています。

屋内は勿論、地下街も電車の中も夏には快適に冷房が効いていて暑さを感じる場所は屋外だけ、その屋外を長時間歩くこともほとんどないはずです。

この環境下なのですからいざという時に羽織ることの出来る夏ジャケットは必要ではないでしょうか?

もうひとつ大切なことはTPOです。

高級ホテルのバーやそれなりのランクのレストランでデニムにTシャツだけの人はほとんど見かけません。

お洒落であるからよりTPOを重視するからではないでしょうか?

ところがたとえデニムにTシャツでもジャケットを羽織るだけで雰囲気は一変して違和感はなくなります。

そもそも洋服文化に於いてワイシャツというものは肌着と同じ下着です。

多くの方がオフィシャルな場面ではスリーピーススーツでない限り上着のボタンを留めるはずです。

上着のボタンを外したままシャツを見せるのは行儀が悪いと認識しているからです。

つまり極端な言い方をすれば上着を着ていない姿はデフォルメされた裸の大将、山下清画伯のランニングシャツ姿と同じなのです。

勿論、最近のワイシャツは襟裏に柄物の生地を付けたり、襟型を工夫したりしてノータイ、ノージャケットでもお洒落に見える様にクールビズに対応していますが、洋服文化に於いてはあくまで下着です。

古い基準を頑なに守ろうとするつもりはありませんが、TPOによって夏ジャケットは必需品と思います。

最近の夏ジャケット素材は軽量なのは勿論、持ち歩いても皺になりにくい加工や腕の汗を吸い込まない撥水加工、汚れにくい加工まで施されていて実用性に見合っています。

屋内環境の快適さとTPOを考えて夏ジャケットは何着か持っているべきものだと思います。

勿論、これは生地屋の愚痴でもありますが。

服地の季節感

最近、若い世代の方々が通年着用出来るスーツを求められる傾向があり、合物服地の需要が増えてきています。

10年以上前までは合物の服地は着用出来る時期が短いという理由で日本のマーケットでは敬遠されがちな素材でした。

従来の四季の気候が変わってきた上に都市部に於ける室内環境が良くなってきたことで生まれている新しいニーズとも捕らえられますが、既製服を購入していた若い世代の方々がオーダースーツへとそのニーズを変えてきて頂いている表れともいえるのではないでしょうか。

これは生地屋のみならずオーダースーツ業界全般にとってとても有難いことです。

一口にオーダースーツと言っても様々な仕様があり、とても格安なイージーオーダーも随分と増えてきました。

一昔前の格安なイージーオーダーは服地の選択肢が狭く、仕立ての仕様やデザインも限られていてファッションとは言い難いものが多かったのですが、最近は若い世代のセンスに合ったものが数多く登場しています。

そんな背景もあっての合物服地の需要増かと思いますが、生地屋の目には街で違和感のあるスーツが増えている気がします。

服地は基本的に四季に合わせ一年を4シーズンに分けて用意されています。

合物と言っても春の素材と秋の素材は風合いや色柄に違いがあるのです。

その合物服地のスーツを一年中目にする様になったので、生地屋としては少し複雑な思いがあります。

季節感を無視した着用が多いのです。

やっと手にしたお気に入りのオーダースーツ故、着倒す勢いで通年着用するのを否定する気はありませんが、安価な素材や仕立てのスーツを長く着用することは耐久性を考えればかえって不経済です。

ある程度の耐久性を持った中庸の素材を使ったスーツをせめて3シーズン分は用意して長年着て頂いた方が格段に経済的でファッション性も高いと思います。

オーダースーツは格安カジュアルとは違う感性で選んで頂きたいのです。

服地の本当のランク

服地の良し悪しを計る簡単な基準にウール素材であればスーパー表示があります。

スーパー100なら中庸、スーパー160ならより細く繊細で希少な原毛になる為高級品といった具合ですが、多くの消費者はこのスーパー表示に騙されてもいるのです。

一口にスーパー100のウール原毛を使った服地と言ってもその紡績の仕方、糸量、織り上げ方や最終工程の度合い等、様々な違いがあります。

同じスーパー表示の原毛自体にも刈り取り時期等若干の差はありますが、一番大きな違いは使用する原毛の量なのです。

どんな紡績で糸にするか、その糸をどれ程使って織るかで出来上がりの服地は全く別物です。

非常に簡単な言い方をすると1着の服地にどれ位の原毛を使うかが本当の服地のランクなので、少ない原毛量の服地より豊富に原毛を使った服地の方が高級と言えます。

それだけ原料費が高いので当たり前のことです。

勿論、意図して少ない原毛量で目的とする最終の仕上がりを作り上げる服地もありますので少ない原毛量が全て悪いと言うつもりはありませんが、仕立て映えと耐久性という点では原毛量が豊富な服地こそ良い服地と言えます。

これはウール素材に限らず、リネン、シルク、コットン、カシミヤでも同じです。

これらの素材も元々の原毛の質にも大差がありますが、最終的に服地のランクを決めるのは1着の服地に使用されている原毛の量なのです。

この差の厄介な点は時間を経た段階にならないと出来上がりのスーツやジャケットの劣化具合が判らない為、服地に詳しい玄人以外は服地の段階での判断が付き難い点にあります。

色々な事情でお買い得になった高級素材もあるとは思いますが、安価で手に入る本当の高級素材はまず存在しないと思って頂いて間違いありません。

「スーパー160でこのお値段はお得ですよ」の販売文句は「原毛量が少ないスーパー160だから耐久性は悪いし皺になり易いですよ」が裏にある本音です。

つまり安価な高級素材は原毛の量が少なく耐久性が悪いということです。

解り易い例としてはカシミヤ素材です。

格安カジュアルのカシミヤ製品は素人でも解るくらい、糸の拠りが甘く糸量が少ない為スカスカで薄く直ぐに毛玉が出来ますし、カシミヤ本来の温かみはウールと変わらぬ程度です。

誤解を恐れず言うなら生地全般のランクの基本は間違いなく原毛の量だということです。

バンチサンプルの弱点

我々が生地サンプルとして各テーラー様にご提供しているバンチサンプルには弱点がります。

バンチサンプルに入れる生地の見本は新品質のバンチサンプルを作製する際に工場から入荷した最初の反から切り出されます。

勿論バンチサンプルの作製の為に2反、約130mを使用してしまいますので、その時に入荷する反は最低でも6反はあり、同時期に生産されていますので色目は同じ仕上がりになっています。

しかしシーズンが始まりバンチサンプルから多数のご注文を頂いている内に最初に入荷した反は少なくなり、ある時点で追加の生産を工場に依頼することになります。

追加生産された反はほぼ最初に入荷した反と違いがなく仕上がってきますし、極端に色目が違うものは受け入れをしません。

しかし生産時期がずれると使う糸の染め具合や最終処理の工程で色目に若干の違いは発生してしまいますし、時として同時期生産された反でも色の違いが少なからず出てしまう場合もあります。

つまりバンチサンプルと全く同じ色目の服地は初期に入荷した反だけに限られ、暫くするとどうしても若干色目の違う服地になってしまうのです。

勿論、バンチサンプルでお選び頂いた色目と極端に違うことはありませんので、通常のご注文でお客様にご迷惑をおかけすることはまずありませんが、問題になるのは以前作られたスーツやジャケットのお直しや追加でパンツ、ベスト等をご注文頂いた際です。

時期が開いてしまうと前述の理由で同じ色目の反が無くなっていて別の追加生産された反からのご提供になってしまいます。

その場合、お直しのパーツは勿論、追加のベストやパンツの色目が元々のスーツと違ってしまうのです。

着用時期が長い場合は元々のスーツの色目もクリーニングや紫外線の影響で変わっている場合も多く、全く遜色なく色目が合うことはかなり難しいのです。

バンチサンプルの利点は豊富な色柄からお好みのものを見付けられる点にありますが、時間の開いた追加のご注文の際には色目がずれる弱点もあるのです。

追加の反が入荷する度にそこから切り出した生地を使って新しいバンチサンプルを作り直したとしてもこの問題は解決出来ませんから、非合理でコスト高になるこの方法も意味をなしません。

そこでこの弱点をしっかりご理解頂いた上でバンチサンプルの利点を活かしてご活用頂きます様、テーラー様にお願いをするしかないのが現状です。

糸染めと反染め

ご存知の方も多いと思いますが、生地の染色には大まかに2通りの方法があります。

紡績した糸の段階で染色をする糸染めと生成りの生地を織り上げてから反物ごと釜に入れて染色を施す反染めです。

日本の綿織物の伝統手法の藍染は反染めの代表格です。

糸染めは糸の細部にまで染料が行き渡り発色鮮やかで落ち難くしっかりと染まる利点があり、糸染めされた何色もの糸を更に紡績してミックスの色で彩り豊かな織物を作ることも出来ます。

反染めは工程もシンプルで濃色の染色は簡単なので染める前の生成りの反物の糸に色ムラがあっても問題なくコスト安ですが、発色にムラが出易く経年の色落ちに弱いという欠点があり、服地の表面に表れるべき原毛本来の持つ特性を消してしまいがちです。

この理由から我々がご提供しているオーダーで使用する服地のほとんどが糸染めのもので、大量生産の既製服に使用する服地はコスト安の利点から反染めのものが多いのです。

ホーランド&シェリーのコレクションで現在反染めのものを使用しているのは一部のリネン、コットン素材に限られます。

リネン、コットンといった植物系の糸は糸自体が太く紡績した糸に適度な隙間がある為、反染めの方が発色や染色の落ち着きが良く平織りの服地には向いているからです。

しかしウールを始め油分を多く含む動物系の原毛は明らかに糸染めの方が適しています。

この染色の違いは単純に服地のお値段にも直結しているのです。

例外は勿論ありますが、ウール素材で反染めの服地はオーダースーツの素材としては少しお粗末な気がします。

勿論、ホーランド&シェリーでも極稀に反染めのウール素材を用意することがあります。

但しこれは糸染めで織った服地が特殊な色故に売れ残り、安価にまとめ売りして処分する為に後染めの反染めで黒や紺といった濃色にするケースのみです。

オーダースーツをご注文する際にウール素材であれば糸染めであるかを確認して頂ければ早めの経年劣化のリスクを避けることが出来ると思います。

服地の長所と短所

どんな物にも裏表、光と影がある様に服地の長所と短所は相反する関係にあります。

春夏の服地で雨に強く皺にならず通気性が良ければ耐久性は落ちますし、それに耐久性を持たせると通気性が落ちます。

秋冬の服地なら保温性が高く耐久性が良ければ重くなりドレープ性に欠けますし、軽くしてドレープ性を高めれば保温性と耐久性が落ちます。

全てに万能な服地は現時点では存在しません。

1年中なるべく長く着られてどんなシーンにも対応出来る服地が皆無とは言いませんが、必ずどこかに相反する短所があるのです。

しかしその時期、気候、シーンに合わせた最良の物は必ずあります。

出張等が多い方や車に乗る時間が長い方は皺にならない服地が最優先の必要性かと思いますし、歩くことが多い方は保温性や通気性が重要でしょう。

色柄や素材感の好みは大切ですが、まずはその必要性を明確にしてきちんと絞り込んだ上で服地をお選び頂けたらと思います。

勿論その裏側の短所も許容した上で。

TPOとバランス

最近TPOなる言葉はあまり聞かなくなった様に思います。

個を大切にする風潮の影響なのでしょうか。

しかしいかなる立場、いかなる個を持っていても社会に身を置く限りTPOを考えることは必須かと思います。

世代や環境によって価値基準は様々ですからシーンに合わす配慮は大切なことではないでしょうか。

その価値基準が古臭くて自分のものと合わなくても、それに合わせる配慮が欠けると巡り巡って自分に不利な評価が返ってくることが多々あります。

個を捨てても妥協や迎合することを推奨するつもりはありませんが、自分と違う感性にも常に目を向けておくべきで広い意味でのバランス感覚が大切かと思います。

ファッションに於いてもそれはとても重要なファクターです。

俗に言う「あまり浮いた格好」はファッションとして明らかに間違っていると思います。

メンバーシップのゴルフ場のクラブハウスでのデニム、あるレベル以上のレストランで食事中に被ったままの帽子、街中の高級ホテルのバーやラウンジでのノージャケット、結婚披露宴で招待客女性の胸元が大きく開いたドレス等、最近多く目にしますが違和感はぬぐえませんし、不快に思う方も少なくないと思います。

雑誌から拾った流行りのファッションも芸能人が番組演出都合上の為ならともかく、一般の方はTPOに意識が無いと台無しになってしまうのではないでしょうか。

贅沢品

ホーランド&シェリーのコレクションには100%スパン・カシミヤやヴィキューナのスーツ地等いわゆる贅沢品なるものの服地がありますが、この価値基準に若干の違和感があります。

レアメタルの様に素材の希少性だけで高価になっている物は本当の贅沢品としての価値はあるのでしょうか。

特にカシミヤ素材の最近の高騰は原毛の主要生産国が自国製品の競争力を有利にする為の国策の影響ですから、本来の物の良さの価値とはかけ離れてきています。

勿論、物の値段には希少性やブランド力も切り離せない面ではあります。

しかしウールよりカシミヤの方が圧倒的に保温性が高く肌触りも格段に良いからこそ高価になるのであって、それが本来の贅沢品ではないでしょうか。

近年、安価なカシミヤ製品も多くなりましたが、この類いのカシミヤ製品は糸量が少なく甘めの撚りの物が多いので肌触りもゴワつきますし直ぐに毛球が出来たりして所詮安ものなりのカシミヤです。

これでは本来の贅沢品としての価値はありません。

個人の価値基準の差はあれ、本当の贅沢品とはその物本来の類い稀なる長所が活かされていなければいけないと思います。

仕立ての種類

近年、オーダースーツは既製服の市場を凌駕する勢いがあります。

若い方々もスーツはオーダーで作るものとの意識が高くなっています。

これは我々生地屋にとってとても有難いことですが、正すべき誤解も生じてきています。

起こるべくして生じた誤解で、販売する側が猛省すべき点と思っています。

そもそもオーダースーツとはお客様の体型に合った型紙を特別に作って何度かの仮縫いを経て完成させる誂えを意味していましたが、近年では出来あいの型紙を微調整するだけで仮縫い無しで仕立てるイージーオーダーや、より調整幅が広く仮縫いも付けられるパターンオーダーも含む様になりました。

しかしそれぞれ工程や手間暇、仕上がり、お値段にも格段の差があります。

同じオーダースーツでも大きな差があるのです。

これを全て総称してオーダースーツと言ってしまうのは間違いだと思います。

ヨーロッパにはイージーオーダーなるものは殆どなく、イージーオーダーは日本のお家芸とも言えます。

パターンオーダーは増えてきてはいますが、オーダースーツと言えばいわゆるビスポークと称する個別の型紙から作る誂えです。

逆にアメリカでは誂えの市場規模は小さく、オーダースーツと言えばイージーオーダーやパターンオーダーが主流です。

誂え(ビスポーク)、イージーオーダー、パターンオーダーそれぞれに価格や出来映えに差がありオーダースーツと言われても全く違うものであると一般消費者の方々が認知して頂く必要があります。

それぞれの良さ、悪さも認識して許容した上で、予算、必要性に応じて賢くこの仕立ての種類を使い分けて頂きたいのです。

ダークネイビー

日本人はスーツの基本色に本当に紺が好きなようです。

最近のオーダースーツではむしろ紺を避け黒やチャコールを好む傾向もあるようですが、既製服も含めた一番の売れ筋色は間違いなく紺であることは普遍の定理と言っても過言ではないでしょう。

更に日本人は紺の中でも濃いダークネイビーを好みます。

我々も黒に近いミッドナイトネイビーのリクエストをいつも頂いています。

しかし英国は勿論、ヨーロッパの殆どの国では濃い紺は好まれません。

彼らのダークネイビーは日本に於いての普通の濃い目の紺に当たります。

肌の色の違いが基本にあるのかもしれませんが、紺こそお洒落上手が技を見せる色、微妙なトーンの違いを見せたいとの思いもあると思います。

だからヨーロッパの殆どの服地メーカーは日本に於けるダークネイビー「黒に近い紺」をコレクションに入れません。

誤解を恐れずに言えばライセンス服地と同じでヨーロッパ服地ブランドの黒に近い紺は日本向きに用意した特別なものでヨーロッパでは見かけることは無いのです。

日本人の好む紺を否定する気はありませんが、黒に近い紺がお好みなら胸を張って国産服地を選んで頂けたらと思います。

スーパー・ブラック

黒の濃さも日本人には独特の拘りがあるようで、黒は出来るだけ濃いスーパー・ブラックなる黒がお好きなようです。

濃い黒こそ良いとの感性はどこから生まれたのでしょうか。

恐らく日本に於いての黒は喪服が基本で不祝儀の席で故人を偲ぶ沈痛な思いに結びつくところからかと思います。

実はこのスーパー・ブラックも国産服地の得意分野です。

数年前にそれまで黒の染色に使っていた亜鉛が作業者の健康被害になるとの理由で殆どの国で使用が禁止されてしまいました。

糸の段階でも生なりの服地の窯染めにも亜鉛が一番濃い黒に染め上げる最高の染料だったので、以来服地の黒は浅く白っぽくなってしまいました。

ヨーロッパのメーカーはそれでも黒の需要が減ることもなかったので、既存の染料だけで出来る黒で事足りていましたが、日本はやはりスーパー・ブラックが大切。

そこで国産服地のメーカーは研究を重ね様々な新しい染料や技術を開発して亜鉛に頼らない数々のスーパー・ブラックを生み出しました。

しかしここで最初の疑問に戻ります。

何故黒は濃くなければいけないのでしょうか。

濃い黒こそ高級の証?

それとも仏事のしめやかなる心の表現?

個人的見解ですが、本当に徳の高い僧侶の纏う黒は単なる黒であってスーパー・ブラックではないと思います。

トレンドの色柄

10年程前から個性豊かではっきりとしたお好みを持ったお客様が増え、オーダースーツやジャケットの各シーズンでの売れ筋の色柄は明確なものがなくなる傾向にありましたが、ここ数年また売れ筋の色柄がはっきりしてきています。

この春夏に於いてはスーツ地ではライトベージュ系、ジャケットでは明るめのパープル、グリーンやピンクといったペールトーン系の色柄が良く売れています。

ヨーロッパ著名ブランドの既製服のトレンドと連動しているかと思いきや、日本のメンズファッション誌の発信からの流れでした。

これには正直少し驚いています。

確かに日本のメンズファッション誌は消費者にアイデアを提供する意味でとても役立っているとは思いますが、オーダー初心者や既製服を買う為には役に立っても先に述べた個性を確立したお客様には参考程度で影響を与える時代ではなくなってきていると思っていたからです。

最近のものは特に一般消費者の方にも解り易いあからさまなタイアップ記事が殆どで独自取材の視点からの記事は乏しい現状だっただけに余計に驚きました。

冷静に考えると明治時代から洋服文化を取り入れた日本に於いてはまだまだ独自の感性だけで色々選択していくのには歴史が浅いのかもしれません。

生地屋の身としてはトレンドがはっきりしていた方が商売には助かりますが、個人的にはもっと個性豊かな選択で街中を華やかにする時代が早くきて欲しいと思っています。

本当のクールビズ

日本のクールビズは実に面白いと思います。

実用性から言えばそもそも高温多湿の日本の夏にネクタイを締め長袖の上着を着ること自体が気候と不釣り合いなわけですから、節電目的でスタートするもっと前から提案されてもよかったものです。

半袖の省エネルックなるものがありましたが、結局は上着を着ることに変わりないことに何か違和感を覚えるだけでした。

東日本大震災後のスーパークールビズは服飾業界全体で色々な提案を考えファッションとしても成熟してきていると思います。

ただ未だに中途半端な感も否めません。

ただネクタイをしないだけのスーツ姿や上着を着ないだけのクールビズは電力消費を抑えるのにもあまり効力もなく無粋過ぎる気がします。

そもそも日本の夏に様々な機能を用いても涼しく感じることの出来る服自体が無理かと思いますので、半分の実用性に半分のファッションを足して考えてはどうでしょう。

暑いとはいえ都市では殆どの屋内が外気とは雲泥の差の涼しさです。

薄く軽い見た目にも涼しげな上着を用意して屋内ではいつでも羽おれるようにしていれば、少しフォーマルなシーンにも対応出来ます。

勿論上着無しの姿も大切でだらしなさを感じさせてしまわぬよう、シャツやパンツ、ベルトや靴までにも気を配って欲しいものです。

これは半分、スーパークールビズに若干の悪影響を受ける生地屋の愚痴と思って頂いても構いませんが。

日本の四季に合う服地

以前にイタリア服地と英国服地の違いでも触れましたが、本来服から実用性を切り離すことは出来ません。

ファッションだと言ってあまりに実用性を切り離した結果、一時流行りでやっとのものが多いのが現状です。

勿論、女性の方が実用性よりファッション性を重視する傾向が強く、ノースリーブのタートルネックや梅雨時まで履くブーツなどがファッションとして成立していますし、最近の屋内環境の快適さも手伝ってか男性も若い方を中心に一年を通して着用出来るスーツを求める傾向があります。

夏はクールビズ、冬はコートを着るので中のスーツは春と秋の気候を基準にすれば良いという考え方です。

これは経済的に見ればとても実用的ですが服地が本来備えた四季への対応を無視しているとも言えます。

赤道に近いエリアを除き殆どの国には日本と同じような四季がありますから、日本の服地は勿論、海外の服地もそれぞれの気候に合った素材や色柄を4シーズンに分けて用意しています。

春と秋は気温だけ考えると同じような気候に思えますが、湿度や次の季節に向う微妙な変化、色感等に違いがありますから本来であれば4シーズンをきちんと分け、着用するスーツやジャケットを変える必要があります。

経済的なことや個々の服に対する価値観によってそこまで分ける必要がないと考えることは今風とも言えますが、服地は四季への実用性とファッション性を考えて4シーズンに分けて用意されているものだということは認識して頂きたいと思います。

しかしいくら服地が4シーズンに分けて素材を変えているとはいえ、高温多湿の日本の夏に合う服地は多くありません。

ひと昔前はモヘアやコットン、麻、最近では高機能の化学繊維が求められていますが、そもそも日本の夏に屋外で快適に着用出来るスーツの上着やジャケットなど無いと思います。

何らかの冷却機能でも付けない限り上着を着ること自体が不快で非実用的です。

だからこそクールビズが浸透してきているのですが、屋内の冷房を忘れてはいけません。

ほとんどの方が屋外より冷房の効いた屋内で過ごす時間の方が長いはずです。

その日本の夏の屋内環境に合わせた服地を我々はお薦めするのですが、高級服地ほど売る側の立場からもっと薄く軽く涼しげな服地を求められる傾向があります。

しかし高級服地のスーツやジャケットを着用する方が屋外でどれほどの時間を過ごすのでしょうか。

ほぼゼロに近いと思います。

我々売る側は「売り易い」を基準にしてはならないと思うのです。

服に求められる四季の実用性をしっかりと認識して買う側の「求める」を基準に考えてお薦めの服地を提案していかなければならないと思います。

服地の光沢感

数年前からシルクやポリエステル混の素材で光沢感が強いものを求められる傾向があります。

シンプルで誰でも判り易い見た目の高級感があるからとのご要望ですが、この傾向は日本、韓国、中国といったアジアだけのトレンドで、ヨーロッパの高級既製服メーカーが用意したものもロシアを含めた新興国の富裕層に向けての提案でしかありません。

英国は勿論、イタリアやフランスでも光沢感の強い服地のスーツは求められてはいないのです。

かつてはシルク混のスーツ地はほぼ全てのメーカーがコレクションに入れていました。

しかしたとえ企業のトップであれ、あまり光沢感の強い服地はビジネスシーンに向かない上、耐久性もあまり良いとはいえない為、売れ行きが芳しくなく多くのメーカーがコレクションから外してしまいました。

ところが新興国市場が活性化してくるとビジネスシーンより「目立つ」ことを優先した新富裕層の要望があり、光沢感の強いシルク混の服地が復活してきたのです。

シルク混では混紡するウールも細番手を使用しないと物性的に合わない為、ある程度の高級服地になってしまいます。

そこでポリエステル混の安価な光沢の強い素材まで登場して日本のアパレルメーカーがトレンドに仕立て上げました。

テレビに登場するタレントやアナウンサーに衣装として提供してブームを演出したのです。

しかし一般の方があそこまでピカピカしたスーツはなかなか着用出来ないと思います。

品質の良さがさりげなく表現出来る程度の嫌味のない光沢感が適当ではないかと思います。

最近ではシルクを混紡しなくても最終工程の仕上げで光沢感を強くする加工までありますが、ウール本来の自然な光沢感は本来細番手の糸ならではのものです。

ファッションに「目立つ」ことは大切なファクターかもしれませんが、光沢感だけ求めてかえって貧相になってしまうのは避けたいと個人的には思うのですが、このトレンドはいつまで続くのでしょうか。

タイトサイズとジャージ素材

2~3年前からのトレンドでストレッチのジャージ素材を使ったアンコン・ジャケットやタイトサイズのスーツがあります。

若い世代の人達にその着やすさとファッション性で好評なのでホーランド&シェリーにもストレッチのジャージ素材はないかとよくお問い合わせがきます。

残念ながら答えは「NO」です。

何故なら天然素材を使った服地であそこまでのストレッチ性を持たせるのは不可能だからです。

化学繊維を多く使わない限りタイトサイズで着心地を良くする服地を作ることは出来ません。

機能性の高いものは別にして化学繊維を多用した服地はホーランド&シェリーにとって高級服地というコンセプトから外れますし、着分の切り売りが主体のマーチャント業には見合わない量産既製服用の素材でもあるからです。

そもそも素材や仕立ての良さで着心地良いスーツをご提案するのがオーダーメイドであるので、ファッション性だけを重視したタイトサイズ自体に疑問があります。

ファッションのトレンドとしてタイトサイズ、しかし普通の素材では着心地が悪く動き難い上、縫い目や素材に負担がかかる為当然耐久性は悪い。

それを解消するのに最適な素材がストレッチのジャージ素材という顛末から考えると実用性とファッション性の折り合い良い融合とはあべこべな気がします。

全ての服がほぼスーツであったヨーロッパの昔と違い、現代ではスーツを着てスポーツはしません。

ジェームス・ボンドではあるまいし激しい動きに対応出来るスーツは不要かと思います。

オーダースーツを身に付けている時こそ、物腰穏やかな紳士の身のこなしを実践して欲しいものです。

スーツのお値段

最近、よく最終のお客様より質問を受けることに「ホーランド&シェリーの全く同じ服地なのに何故テーラーさん毎に仕立て上がりのお値段に大きな幅があるのか」ということがあります。

勿論、仕立て方の違いは理解した上でのご質問なのですが、我々としては答えに困ってしまう問いです。

経済の基本を理解して下さっていれば全て回答不要なほど単純なことが殆どなのですが、同じ服地という点に疑問が残るようです。

敢えてシンプルなお答えをするとしたら同じ服地でも仕立て上がりのスーツは全て別物だからということでしょうか。

我々が提供している服地とは料理に例えると野菜や肉といった素材そのものです。

その素材をどう調理してどんな料理として幾らでお客様にお出しするかは召し上がる方の好みに合わせたそれぞれのお店の個性です。

ただ洗って切ってお出しすることもあるでしょうし、手間暇かけじっくり調理して多彩な調味料を使った上での手の込んだものもあるはずです。

お店の場所やどれだけの人気店なのか、人件費を抑えたり大量仕入れでコストを削減したり利幅を削ったりでも大きな違いが出てきます。

大切なことは物の値段に嘘は無いということです。

安いものはそれなり、高いものも値段通りの価値があります。

ビニールの鞄でも人気の高いブランドであればその付加価値で高いものでしょうし、本革の鞄でも人件費の安い国で作れば安価です。

オーダースーツもそれと同じで、様々なことが重なり合って値段が決まっています。

ですからそれぞれの価値観で自身にとって重要視する順位付けをはっきりとさせてお求めになって欲しいと思います。

お値段の違いは仕立て上がりのスーツに必ず出ています。

マーチャントとミル

マーチャントとは生地問屋のことです。

様々な織り元(服地生産工場)から自社のコレクションに見合う織り元の用意した服地や特別に提案したオリジナルの服地を織り耳に自社名を織らせて反物で買付けます。

この集めた反物を自社コレクションとしてバンチ等の見本帳を発行し1着ずつカットしてテーラーさんへ売る業態です。

よって同じ織り元から同じ品質を複数のマーチャントが仕入れることもある為、それぞれのコレクション名や織り耳、販売価格は違っても同じ品質が複数のマーチャントのコレクションに存在することもあります。

これを避ける為、力のあるマーチャントは仕入れ量を増やし織り元が他のマーチャントへ同品質のものを販売しないように独占買付という手法を取ることもあります。

オリジナル性を高める為に自社工場を持っているところも多く、ホーランド&シェリー社もこのタイプのマーチャントにあたります。

昔は英国、イタリアを中心にヨーロッパ各国に多くのマーチャントがありましたが、今は統合され規模が大きく世界中に輸出をしているマーチャントはホーランド&シェリー社を含め5社しかありません。

ホーランド&シェリー社も英国とイタリアの20社以上の中小規模のマーチャントを吸収してきているので多数のマーチャント名をブランドとして使用しています。

対してミルとは織り元(服地生産工場)のことで、生産する反物を国内外のマーチャントへカット売り用として、またアパレルメーカーへ既製服用として販売する業態です。

昔は生産に集中していましたので販路を拡大することが難しくカット売りは出来ませんでしたが、最近では織り耳に自社名をブランドとして織り込み在庫をかかえてマーチャントの様にカットした着分をテーラーさんに直接切り売りするところも出てきました。

しかし販売量としてはまだまだマーチャントやアパレルメーカーへの反売りが中心です。

日本国内で販売されているミルものと言われる服地は日本の問屋(ある意味中規模マーチャント)さんが反物で仕入れたものがほとんどですから国内で売れ筋の色柄にまとめられ過ぎコレクションの豊富さには欠けてしまっているのが現状です。

勿論、こちらの方が価格的には安価で販売出来るメリットがありスーツがユニフォームと考える消費者の需要には適っています。

マーチャントは仕入れコストを抑えた自社のオリジナルコレクションを充実させる為に自社工場を持ち、ミルはより多く販売する為にマーチャントの業態を備える様になってきてその区別が曖昧になりつつあります。

マージンの少ないミルの経営状況は厳しいところが多く倒産や閉鎖に追い込まれているところも増えてきていますので、近い将来にはマーチャントとミルはほぼ統合されその区別は全くなくなるかもしれません。

イタリア服地 vs. 英国服地

服地に知識のある多くの方は「イタリア服地は色柄が綺麗で柔らかくドレープ性があり、英国服地は硬く耐久性が良く仕立て映えが良い」との見解をお持ちです。

これはある意味正しくもあり間違っているとも思います。

そもそも服とは歴史を遠く辿れば寒さや怪我から身を守るもので、実用性を無視することは出来ません。

北部にアルプスが近い山岳地帯があるとはいえ国土の殆どが温暖な地中海気候のイタリアに対し、英国は南部にあるロンドンの緯度が札幌とほぼ同じ北極海に近い晴れの日が少ない寒風の島国です。

一年を通した気候の違いが実用性重視の服地に反映されてきたことは間違いありません。

気候の違いが国民性にも影響を与え服地の質や色柄にも関わっています。

温暖な地ではパステルカラーが好まれ寒冷地ではダークカラーが好まれるのは必然で、糸量を少なめにして優しく織り込むのがイタリア服地なら太めの糸をしっかりと打ち込むのが英国服地で、この色柄と素材感の違いは当たり前のことなのです。

大切なことは長所の裏にある短所もしっかりと把握しておかねばならないことで、基本的には糸量が少なくすむイタリア服地はコストが安くすみますが、耐久性は低く仕立て難い難点があり、糸量豊富な英国服地は仕立て映えが良くしっかりしていて耐久性は高いのですが、コスト高になりドレープ性とファッション性に欠けます。

多くの方の見解がある意味間違っていると思うのはこの短所をあまり認識していない点と最近の両服地の特性が互いの長所を取り入れる様になってきたことで近づいてきていることを認知していないと思うからです。

私見ですがイタリア服地好きの方ほど「ファッション=イタリア」の呪縛に囚われ短所の理解に乏しい方が多いかと思います。

最近の両服地共、短所を敢えて個性としているものと短所を極力無くす様にしているものがありますから、それを自身の好みや必要性に応じてきちんと選択することをお薦めします。

服地ブランドの意味

服地はホーランド&シェリーの様にマーチャントやミルの社名をそのまま織り耳に入れたものが殆どですが、最近かなり少なくなってきたとはいえ未だにライセンスのブランド服地があります。

ブランド元が本国で扱っているわけでもコレクションしたものでもなく、日本市場向けだけに商社さんや問屋さんがブランド元にライセンス料を支払いどこかの織り元にブランド名を織り耳に入れて織らせる服地です。

この手法はブランドに圧倒的な信頼を持つ日本とアジアの一部の国にしか通用しない様で、インターネットが普及し世界中の情報が簡単に手に入る時代の先進国としては少し気恥ずかしい感があります。

ある意味マーチャントやミル名もブランドとも言えますが、本国は勿論、世界共通の服地ですので根っこの無いライセンスものとは根本が違います。

しかしライセンスもの以外のマーチャントやミル服地も含め、服地のブランドは本当に必要なのでしょうか?

確かにブランドは品質の保証に不可欠かもしれませんし消費者に安心を与える意味では重要な役割を果たしていると思います。

しかし同時にそれは物の善し悪しを見分ける目利きが出来ない証でもあるのではないでしょうか。

一部の服地に詳しい方やお気に入りの服地メーカーやマーチャントをお持ちの方を除き服地選びにブランドを重視する方はあまり多くないはずです。

ホーランド&シェリーも裏地やボタンに名前を入れたものを販売してはおりますが、これはある意味ホーランド&シェリー・ファンとも言えるお客様のニーズに合わせてご用意したもので、副素材であるのでそれ自体をブランド力で販売出来るものではありません。

知名度をブランド力と位置付け販売が安易だとしているのは売る側の都合で、選ぶ側には服地のブランドなど無意味なのかもしれません。

売る側が正しい知識で選ぶ側の求める服地を自信と説得力を持ってお薦めすることがとても大切だと思います。

服地にブランド名は不要とまでは言えませんが、売る側も選ぶ側も目利きと素直な好みを基にニーズに合う服地をブランドに拘らずお薦めしたり選んだりする時代は近いと信じています。

スーパー表示の必要性

ウール服地の品質を示すものにスーパー表記なるものがあります。

簡単に言えば羊毛の質を数字で表したもので、ホーランド&シェリーの品質説明にも多用していますスーパー100や150ウーステッドがそれにあたります。

かつてははっきりとした世界基準がなく「当社のスーパー表記基準は~」等と独自基準も多く曖昧な点もありましたが、現在はIWTO(国際羊毛機構)が定めた平均繊度という原毛の細さを中心とした基準に統一されています。

数字が大きくなるほど原毛が細くしなやかということで、現在は80から210までの基準がしっかりと決められています。

ところがこの表記が消費者の誤解も生んでいるのです。

数字が大きくなるほど原毛の質が良く希少で高価ということは間違いないのですが、それが織り上がった服地の質に直結していない場合も多いのです。

服地の品質は勿論この原毛の細さやしなやかさが大変重要なのですが、その原毛をどう紡績してどう織り上げるかによって同じスーパー100の原毛を使った服地でも全く別の服地になってしまいます。

原毛をどの程度伸ばして糸にするのか、撚りをどのくらいにするのか、糸を単糸にするのか双糸にするのか等々、原毛が服地になるまでには様々な工程があるからです。

ですから単純にスーパー210だから高品質で高価と考えてしまうと間違いもあるのです。

実際にあまり知られていないメーカーのスーパー150より著名なメーカーのスーパー100の服地の方がはるかに良質で高価なことなど多々あります。

これもブランドと同じで我々含め売る側が選ぶ側への簡単な説得力として多用してしまっているものなのですが、本来は表記する必要のないものなのかもしれません。

服地本来の善し悪しをスーパー表記に頼らずきちんと説明出来る知識と能力が売る側に求められていると思います。